多田千香子 | Pen&Co.(ペンアンド)株式会社・代表取締役CEOのブログ

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ムンバイマラソン出走記<下>

 「きつい坂道が30キロを過ぎてからあるんですよ」「リライアンス財閥のお屋敷がある高級住宅街で…」。元ムンバイ在住者のSさんご夫妻から前日、聞いてはいましたが、どこだろう。30キロを過ぎてのぼり坂になったのですが、これかなあ。ホノルルマラソンのダイヤモンドヘッドなんかよりはよほどマシだわ…と思いつつ、メガネが汗でズリズリ落ちるし(2月12日の香港マラソンまでに改善しよう)、うなだれて、それでも歩かず何とか走ります。在ムンバイ邦人の方々による応援があるとも聞いていたのですが、どこだろう。だれにも会えません。私は遅いし、会えなかったかな、もう撤収したあとだったか…。
 ひとりガックリ落ち込んでいたころ声がしました。「がんばれー!」。その一言が電気ショックのようで、シャキーンと起き上がりました。大きな日の丸と東京オリンピックのポスターが目に飛び込んできます。うわー、うわー。ぶわーと涙が出て、両手で口元を押さえました。「ありがとー」。スイッチが入ったみたいに駆け出しました。うそみたい。応援がこんなに効くなんて。
 ムンバイの人たちも沿道を埋めていました。スラム街の中も突っ切ります。ムンバイが舞台の「スラムドック・ミリオネア」の世界だな。はだしの子どもたちがハイタッチを求めて手を出したり、水やオレンジを渡したりしてくれます。手をあわせながら、ぐっときました。栄華を極めたイギリスをしのばせる世界遺産からアラビア海をのぞむビーチ、さらに海上までも走り、勃興するインドを象徴する高層ビル群をのぞんだかと思えば100年前から変わらないスラム街を疾走する…。美しいだけじゃない、苛烈な現実をも包み込み、生きとし生ける営みは続く…。ぐっときました。映画の中にいるようです。じーん。生きているってすばらしい、人間ってすごい。
 最後の2キロになって足が上がらず、ペースがさらに落ちましたが歩くことなく42.195キロ、最後まで楽しめました。タイムは5時間11分です。自己ベストには遠く及びませんが、同じように暑かったプーケットやホノルルよりはうんとマシです。感無量です。
 ゴールしたら氷の袋のサービスがあり、足にあててアイシングできました。メダルとお土産(ネスカフェのコーヒーやインスタント麺、リンゴなど)をもらったら案の定、欲しがる子どもたちが寄ってきた(デリーハーフでも囲まれる)ので、あげました。インド走友会のMさん、Kさん、Rさんとも会えました。ゆっくりしたいところですが、ホテルのチェックアウト時間が迫っています。急がなきゃ。CST駅前でタクシーもすぐつかまりました。よかった。
 交通規制もあってタクシーが大回りし、海沿いの道を走ります。まだゴールしていない人たちが走って…いや歩いています。信号で止まり、窓の外を見ていてあっと声をあげました。あ、私の帽子だー。大きなゴミ袋を背負って横断歩道を渡っている10歳ぐらいの少年が、38キロぐらいで投げ捨てた私の帽子をちゃっかりかぶっていたのです。よかった、ちゃんと再利用してもらえて。慌てて写真を撮ろうとしましたが間に合いませんでした。残念。
 大急ぎでホテルに戻り、シャワーを浴びてチェックアウトしました。ムンバイ駐在経験者のMさんの橋渡しで、在ムンバイ邦人ランナーの打ち上げに混ぜてもらいました。ペダーロードを登り切ったところで応援してくださった方々に再会できました。在ムンバイ日本総領事ご夫妻自ら早朝から、差し入れのヤクルト600本をキャリーケースに詰め、坂道をのぼってくださったのだとか。打ち上げにも来て下さっていて感動です。ヤクルトは残念ながらもらい損ねたのですが、その心が応援にこもっていて、よみがえることができたように思います。在ムンバイのみなさま、心から感謝します。
 空港で相方ユウサンが送ってくれたビデオメッセージをみました。「ままー、おめでとう。よくがんばったね。まってるよ」。5歳の丁稚ケイがはにかみながら言いました。「ママ」なんてケイは使わないから、ユウサンが言わせたな。頑張って帰るよー。グッバイムンバイ、また来るよー。